名古屋市と中国・南京市は四十年前の日中国交樹立後、最初に姉妹提携を結んだ都市同士だが、両者間でトラブルが起こっている。
いくつかの報道によれば二月二十日、劉志偉・中共南京市委員会常務委員ら訪問団が名古屋市役所に河村たかし市長を表敬訪問した時のこと。河村市長は名刺交換を終えるや、「南京大虐殺」について語りだした。
「通常の戦闘行為があったのは残念だが、南京事件はなかったのではないか」と発言。終戦時に父親が南京市にいたことを挙げ、「事件から八年しか経っていないのに、南京の人は日本の軍隊に優しくしていたのはなぜか」と付け加えた。
それを聞いた劉氏は苦笑したそうだ。しかし河村氏に反論せず、「南京の人々は平和を熱愛している。我々は歴史を学び、いつまでも恨みを持ってはならない」と語り、話題を変えようとした。
だが河村氏はなおも続け、「南京で歴史に関する討論会をしてもいい」と伝えた。
そして「私は南京の人に感謝している。互いに言うべきことを言って仲良くしていきたい」とも述べた。
その後両者は贈り物を交換し合って別れたのだが、劉氏の「悲劇」はそれから始まる。
河村氏に反論しなかったとして、本国のネットユーザーやメディアから、散々叩かれたのだ。
間違いなく劉氏は南京大虐殺が虚構の宣伝であることを知っていたはずだ。だからこそ、虐殺の真偽を巡る議論で無駄に対立することを回避し、会見を円満に終了させようとしたはずである。
ちなみに「議論を回避」するのは劉氏のみならず、中共自体がそうなのである。日本に勝つ見込みのない議論をするわけがない。
ただその代わり、「日本右翼が歴史を捏造した」などとヒステリックに反撥して見せ、日本側を威圧しようとするのが中共のいつもながらの手口である。
実際に二十一日、南京市は名古屋市との交流の一時停止を発表し、揺さぶりをかけてきた。
さて、理性的な対応を選んだのが仇となった劉氏がその後どうなったかが気にかかる。
大村秀章・愛知県知事は二十二日の記者会見で、「南京の訪問団は中国に帰れていないと聞いた」と話しているが、そのようなことはないだろう。
一行は「河村氏は精神病だ」とのコメントを残し、二十一日に日本を離れたはずだ。
「記者会見ならいいが、訪問団に(直接)言うのは相手の立場がない」と劉氏を気遣った大村知事。「(名古屋市と)南京市との交流も止まるなど外交問題になっている。(河村氏は発言を)近いうちに修正した方がいい」などと語るなど、いかにも「日中友好人士」らしい物の考え方だ。
つまり事実であれ何であれ「中国の嫌がることは言ってはならない」と訴えているのだ。
大村知事だけではない。人民日報電子版によれば、名古屋市も二十一日、「非戦闘員の殺害、略奪行為などがあったことは否定できない」とする政府見解に従うと表明するとともに、「もし市長の個人的な発言が友好関係に影響を及ぼすなら遺憾である」と語っている。
さらには中日新聞も二十三日、「歴史認識はしっかりと」と題する社説を掲げ、河村市長を批判した。
ではいかなる「歴史認識」を抱けと主張しているかといえば、実はそのことには何も書いていない(書けるわけがない)。ただ「歴史認識に食い違いのある問題で自らの見解を一方的に公にしたことは配慮が足りなさすぎる」だとか、「個人の信念と公職者としての発言はおのずと違う」だとかを書き連ねるだけの内容である。
要するにこれも「中国の嫌がることは言うな」と訴えているわけだが、それにしても、名古屋市長に対し、よくも「信念を捨てろ」などと言えたものだ。
良識ある全国の国民が、「河村氏はよく言ってくれた」と高く評価している中、こうした中国に取り込まれた者どもの思考、情念がいかに歪んでいるかを見せつけた格好だ。
南京大虐殺の嘘話の有害性は、日本の国家、先人の名誉を汚すだけではなく、現代の国民に国家、先人への不信感、嫌悪感を抱かせ、民族の誇りと自信を喪失させ、さらには不用な贖罪意識を植えつけ、中国に対して頭が上がらないようにさせることにある。
そもそも、そのように日本国民を対中従属へと持って行くことを狙った上でのプロパガンダなのだが、憂えるべきは大村知事、中日新聞のように、虚構を虚構と知りながら、なおもそれを受け入れ、中国に阿ろうとする政治家、メディアが国民の上で胡坐をかいていることだ。
そうした思想状況に日本が置かれているからこそ、河村知事の今回の発言は評価されるのであろう。
「個人的な発言」「個人の信念」といったレベルをはるかに超えた、国家の尊厳、名誉、利益を守るための発言だからこそ、多くの人々に称えられ、そして日本の対中従属を望む中国側を狼狽させたのだった。
ちなみに河村市長は昨年十二月五日、南京市の李副市長と会見した時も、南京大虐殺を否定していた。
李副市長もそれには反駁しなかったなどと、中国のネットユーザーから非難を浴び始めていて気の毒だが(中国人の悲哀だ)、河村氏のように絶えず中国側に真実を訴え続けることは、向うの有害なる対日宣伝工作への抑止となるので有効である。
さて中国国営の新華社通信は二十二日、「名古屋市長の南京大虐殺否定に南京各界が強烈な抗議」なる論評を配信し、「河村の父親は中国侵略の日本軍の兵士として南京大虐殺に参与した」などと書いている。
河村市長は、父親が終戦時に南京にいたと話したのだ。新華社はそのことを知りながら、さっそく事実を捏造して報道したのである。
こうした卑劣な手口もいとわないのが中国の宣伝工作というものだ。大村知事や中日新聞はそれでもなお、こうした宣伝を受け入れよと主張するのか。